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Tupi Records-Brazilian Music Label- トゥピ・レコーズ-ブラジル度数100%の新レーベル

Artists

Diogo Guanabara & Macaxeira Jazz


Diogo Guanabara & Macaxeira Jazz

Bio

ヂオゴ・グアナバラ&マカシェイラ・ジャズは、ブラジルの北に位置するリオ・グランデ・ド・ノルテ州の美しい自然と真っ白なビーチに囲まれて、豊かな音楽の感受性を存分に育んだ4人の若者が2004年に結成したインストゥルメンタル・バンド。 バンドリンとベース、ギター、ドラムの編成で、ジャズとショーロ、サンバ、フレヴォ、バイアォンの要素をミクスチャーした抜群の音楽センスとテクニックを兼ね備え、メンバー全員がまだ20代とは思えない領域に達している。2006年からは、マルコ・アントニオ・ダ・コスタ(キーボード/アコースティックギター)をメンバーに迎え、さらなるハーモニーを追求中。

レパートリーの広さ

彼らの確かな力量を裏付けるのは、そのレパートリーの広さ。ヂオゴ・グアナバラ&マカシェイラ・ジャズの手に掛かれば、ショーロの名曲から、ビートルズやマイケル・ジャクソン、アストル・ピアソラのスタンダードナンバーが、ヂオゴのバンドリンにとともにモダンなサウンドに姿を変えて、新たな装いで鮮やかに蘇る。またオリジナルの楽曲制作にも余念がなく、ブラジル国内のみならず、海外のファンを魅了している。 ショーロの名曲からビートルズのスタンダードナンバーを網羅する幅広いレパートリーでファンを獲得した1stアルバムから約2年。2ndアルバムは、全作オリジナルナンバーを収録。ヂオゴのバンドリンと、メンバー全員のその確かな実力が裏付けるクラシカルかつモダンな奏法で魅せるショーロは、ブラジル音楽界きっての才能溢れる新世代バンドの誕生を感じさせる一枚。 ヂオゴ・グアナバラ&マカシェイラ・ジャズは、ブラジルの北に位置するリオ・グランデ・ド・ノルテ州出身の4人の若者が2004年に結成したインストゥルメンタル・バンド。バンドリンとギター、ベース、キーボード、ドラムの編成で、ジャズとショーロ、サンバ、フレヴォ、バイアォンの要素をミクスチャーした抜群の音楽センスとテクニックを兼ね備え、メンバー全員がまだ20代とは思えない領域に達している。

ヂオゴ・グアナバラ -Diogo Guanabara-

(バンドリン・テノールギター・ヴォーカル)

ヂオゴ・グアナバラは1986年生まれ。9歳でカヴァキーニョを弾き始め、後にバンドリンにも興味を持つ。現在では、両楽器を完璧に弾きこなす。

2000年には、地元ナタル市で開催された音楽祭でClave de Sol賞を受賞した上、一般審査員選出の部と公式審査員選出の部で共に新人賞を獲得。同年、ジョージ・ベン・ジョール、シコ・セーザル、ヘナート・ボルゲッチなども出演歴のある南フランスの“Sud’a Sul no Sulブラジル音楽祭”にも出演。さらには、首都ブラジリアのショーロ・クラブで演奏し好評を得る。 2002年には、リオデジャネイロにて、ハミルトン・ヂ・オランダ(バンドリン)や、ヤマンドゥ・コスタ(7弦ギター)、アルマンヂーニョ(超絶エレキギター)の精鋭と共に、今は亡きブラジルの大ベテラン・バンドリン奏者、ジャコブ・ド・バンドリンに捧ぐオマージュCDのレコーディングに参加。このアルバム「Ao Jacob, seus Bandolins」は、ブラジルの大手レコード会社ビスコイト・フィーノ(Biscoito Fino)からリリースされた。 2005年と2006年には、ブラジル音楽界の巨匠、オズワルド・モンテネグロ作曲の「Quando a gente ama」の収録に参加。この曲はブラジル最大手放送局グローボのテレビドラマのテーマ曲に起用される。現在までに共演者したアーティストは、ルイス・メロヂア、ホベルタ・サ、バーデン・パウエルなどの大御所多数。ヂオゴはベテラン勢にも引けを取らないテクニックでその実力が認められている。

ハファエル・ベンデル -Raphael Bender -

(ドラム・パーカッション)

ハフェル・ベンデルは1983年生まれ。幼い頃よりパーカッションに親しんで育つ。本格的にドラムを習い始めたのは14歳の時。地元のロックバンドBase LivreやOfficinaでの演奏経験を経て2004年にマカシェイラ・ジャズを結成。現在では、マカシェイラ・ジャズの他に、UskaravelhoやExperiência Ápyusのドラマーとしても活躍している。リオ・グランデ・ド・ノルテ州立大学の生物学科を卒業した彼は、音楽活動の傍ら、生物心理学の分野で、記憶と感情と音楽との関連性について研究を進めている。

エンヒケ・パシェコ -Henrique Pachêco -

(ベース)

エンヒケ・パシェコは1981年生まれ。ギタリストの父親の影響を受けて、14歳から独学でギターを学ぶ。17歳の時に、兄のマルセロ・パシェコとチシアノ・ダモーレとロックバンド“Kassava”として活動。2003年にはKassava名義で全曲オリジナルを収録したアルバム「Brincando com Fogo」をリリース。2001年には、地元のロックバンドBase Livreのアルバム「Tsunami」に曲を提供、ミュージシャンとしてもレコーディングに参加している。この間、2001年から2005年まで、ジョカ・コスタに師事しギターの技を磨く。リオ・グランデ・ド・ノルテ州立大学の経営学を専攻する傍ら、2003年から、同大学のエレトリックギターコースに通い始め、2005年に修了。2006年にはベースに目覚め、今日ではギターとベースを弾きこなす。影響を受けた海外の音楽はロック、ブルース、スカにジャズ。ブラジルでいえば、バイアォン、サンバ、ボサノヴァにショーロ。マカシェイラ・ジャズとKassavaのバンド活動の他に、オーディオスタジオの音響エンジニアとしての顔も持つ。

チシアノ・ダモーレ-Ticiano D’Amore-

(セミ・アコースティック・ギター)

チシアノ・ダモーレは1981年生まれ。父親やナタル市のオーケストラ楽団の指揮者で、母親はピアニストという音楽一家に生まれる。11歳まで、ヴァイオリン、ピアノ、フルートの英才教育を受け、同州の著名なヴァイオリン奏者と共演して賞賛を得るも、これらのどの楽器にも特別な興味を持つことはなかった。それが15歳の時、アコースティックギターとエレキギターに出会い心機一転。本格的に習い始め、巨匠ジョカ・コスタに師事する。 2001年、ナタル市で開催された音楽祭の公式審査員選出の部でギタリスト新人賞を獲得する。当時、エンヒケ&マルセロ・パシェコ兄弟と組んでいたロックバンドKassavaとして“ポップ・ロック・トロピカル・フェスティバル2001”に出演し、70組以上のバンドが出演する中、優勝を果たす。 2003年、リオ・グランデ・ド・ノルテ州立大学の音楽学科のギターテクニックコースに首席入学。この頃までには、様々なジャンル11枚のアルバムのレコーディングに参加するようになる。2008年には、ロック・ポチグアル賞最優秀インストゥルメンタル・ロッカー賞を受賞。 最も影響を受けたギタリストは、ルイス・サリナス、パット・メセニー、ウェス・モンゴメリー、ジョン・ペトルーシ、スティーヴ・ヴァイ、ジュビレウ・フィーリョ。 現在では、リオ・グランデ・ド・ノルテ州立大学の音楽学科で教える傍ら、自宅のスタジオでサウンドトラックやジングルなどのレコーディングも行っている。ポチグアル大学で経営学を専攻した後、リオ・グランデ・ド・ノルテ州立大学経営学の修士号を持つ秀才。

マルコ・アントニオ・ダ・コスタ -Marco Antônio da Costa -

(ナイロン・ギター/キーボード)

マルコ・アントニオ・ダ・コスタは1984年生まれ。5歳からピアノに親しみ13歳までクラシックピアノを学んだ後、エレトリックギターとアコースティックギターも独学で学ぶ。17歳からは、ギタリストの巨匠ジョカ・コスタとマノカ・バヘットに師事し、2004年にはリオ・グランデ・ド・ノルテ州立大学の音楽コースを修了。その後、ピアノに戻り、主にジャズとMPB(ブラジリアン・ポピュラー・ミュージック)を中心に習得。大学ではジャーナリズムを専攻したが、音楽の道を諦めきれずにプロのミュージシャンに転向。2005年より大都市サンパウロに移り住み、Souza Lima & Berkleeに学びながら、サンパウロで活躍するプロのミュージシャンとの交流を深める。2005年の終わりには米国ボストンのバークリー音楽大学の奨学金を受けるも進学はせず。 故郷ナタル市の音楽シーンにおいて積極的な音楽活動を続ける他、多数のレコーディングにも参加しており、共演したバンドやアーティストはKassava、Apollo 11、ホドルホ・アマラウ、シモーナ・タウマ、リズ・ホーザ、Rodolfo Amaral、Simona Talmaなど、列挙には暇がない。2006年以降、マカシェイラ・ジャズの正規メンバーとして参加。また、ブラジル、ウルグアイ、アルゼンチン、チリなどの南米諸国の沿岸を航海するPacific号(2006~2007年)とVoyager号(2007~2008年)の専属乗り込みミュージシャンに選ばれ、各国のミュージシャンとの共演の機会にも恵まれる。 2008年にはオーストリアに渡り、現在に至るまでKunstuniversität Graz学院にてジャズを学び、オーストリア、ベルギー、ハンガリーなどのヨーロッパ各国で精力的にジャズやブラジル音楽のショーを行っている。

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